染色体異常のことは入院時にわかっていたので、発達がゆっくりであることは覚悟していました。
当時は小児慢性特定疾病医療費助成制度の関係で保健師さんからお声がけいただき
保健所や保健センターで開かれる母子の集まりにたまに参加していました。
療育園時代(2歳〜)
予防接種などが落ち着く2歳くらいから、市の療育園で療育を受けることに。
最初は母子通園で、しばらくして子ども単独での通園になりました。
療育園での経験は、私にとって現実を見て理解して受け入れていく場であり、精神的に強くなれた場所でもありました。
当時、母子クラスで仲良くしてもらったお母さんたち数名とは、ありがたいことに今でも仲良くしてもらっています。
支援学校で一緒の子もいれば、地域を選択した友達も。それぞれ特性は違いますが、悩みや考え方を共有できる本当にありがたい存在です。
発達の診断は、3歳頃。療育園を卒園する前に、先生から「一度、発達外来を受診してみては?」と提案がありました。
そうか…そうなんや。
ショックではありましたが、内心思い当たる事はたくさんあったので(笑)まさか!というよりやはりそうですか・・・となりました。
診断が出て、色々とはっきりしたことでより理解して育てていけるだろうし、前向きに無理やり捉えました。
家族に関しては、「そうなんや〜」と言ってました。←分かっているのかいないのか?謎ですが・・・
こども園時代(年中〜年長)
4歳の年中からは、地域のこども園へ通うことに決めて、通園できることになりました。
療育園を卒園するのは本当に不安でいっぱいでしたが、その先の事も考えて決めました。
そして卒園式の日は、親である私は色々な感情を抱き泣いていました(笑)
「地域でいろいろ刺激を受けて成長できるはずだから」と先生たちに励ましてもらっても
その時目の前にいる我が子からは、成長した姿なんてとてもじゃないけど思い浮かべることができませんでした。
本当に、悲しいと言うより「この先どうなってしまうのだろう・・・」という思いが強かったです。
住んでる地域では、保育所の統合や認定こども園への移行時期で「何が変わるのかがわからない」という不安をみんなが持っていた時期でした。
そんな卒園でした。
そして新たに入園したこども園は療育園の時よりもかなり人数が多く
加配の先生はついてくれるものの、年中からの入園で同じ年中さんには知っている人は0(ゼロ)という環境でした。
入園式の日は、たくさんの園児の中に入りみんなが歌っている中で我が子は号泣していました。
この頃も、ザワザワも大きい声も苦手だったのでまあびっくりしたと思います。
うちの子は、子ども同士のコミュニケーションが特に苦手です。こども園では加配の先生にずっとべったりしていました。
でももちろん、加配の先生も一人で数人をフォローしなければいけないので
うちの子ばかりに構ってはいられません。自分から他の子どもにアプローチすることは無かったのでなかなか他の子と関わりも持てなく先生を介して遊んだりしていました。
今でも自分から他の子に関わるのはなかなかの難題です・・・。
私自身も、今までの療育園とは違うことがほとんどで戸惑うことが多く、また仕事を再び始めたこともあった為
子も親も慣れるのに精一杯でした。園に送っていくと私から離れたがらず、泣いて大変だったこともたくさんありました。
そんな我が子の姿を見て、なんだか苦しく感じて、通勤途中に涙したこともありました。
きっと私と別れてからは、加配の先生に頼りながらそれなりに楽しんで過ごしていたと思われますが(笑)
年長になると、同じ療育園で仲の良かったお友だちのママも入園してきました。
園でのイベントも一緒に楽しめるようになり、頼もしかったし嬉しかったです。
運動会で頑張って演技する子どもたちの姿を見て、友達も私も号泣してしまいました。
先生たちも、「バッチリやから楽しみにしておいてな、お母さん」と言ってもらえた
音楽発表会では、得意なピアニカを堂々と演奏していてものすごく感動しました。
療育園の頃から、地域の小学校への就学を目標にしていたので
年長の後半になると、就学に向けて地域の小学校への見学を始めていました。
また、児童発達支援から放課後デイサービスへの移行のために、別の児童発達支援も利用し始めていました。
なんせ、慣れるまでに時間がかかるタイプなので・・・。
そして卒園式の頃は、コロナで大変な時期に突入していました。
今までのような卒園式ではなく、制限された中での卒園式となりました。
それでもみんな元気に卒園できて本当によかったです。
その時はみんな大変でしたね、そんな就学前の記憶でした。
こうして振り返ると、療育園からこども園への移行期は、私にとっても子どもにとっても大きな試練の時期だったんだなと改めて感じます。
仕事を再び始めたこともあり、こども園の送り迎えの時間制限や距離もあったので
その当時は本当に必死でした(笑)
大変だったけれど、先生方や周りの人に助けてもらいながら頑張れてよかったなと思います。
次回は、小学校入学から現在に至るまでのことを書いていきたいと思います。
ここまで、読んでいただきありがとうございました。

コメント