子どもについて③

子どもの成長

前回からの続きになります。記憶があいまいな部分もありますが、お付き合いいただけると嬉しいです。


染色体の検査を勧められた時、正直まったく予想していませんでした。心臓のことで頭がいっぱいだったので、話が急に違う方向へ進んだような感覚でした。

そして検査の結果、染色体異常があることがわかりました。

心臓が悪いだけじゃなく、障がいもあるって…なんで?

悲しくて、泣いていました。もう悲劇のヒロインレベルで(笑)。思い描いていた楽しい育児はどうなるんだろう。ただただ不安でした。知らないということが、不安をどんどん膨らませていきました。

そんな時、母に報告すると「悲しいかもしれないけど、生んだんやからしっかり育てるしかないやろ。あんたがしっかりしい!」と言われました。

その時は、なんで慰めてくれないんだろう…優しくないな、と思っていました。でも今は、それが母なりの最大限の慰めであり、励ましだったんだと思っています。母も子育てを経験したからこそ、その大変さがわかっていたんだろうと。

どんな子どもでも、親として育てるしかないんだ。今もその言葉は、私の心の底にあります。


そんなある日、面会に行くと我が子のいる部屋がバタバタしていて、何やら処置をしている様子でした。嫌な予感がして近づいてゆくと、やはり我が子のベッドでした。

泣いていたことで心臓に負担がかかり、心不全を起こしてしまっていたんです。

びっくりして立ち尽くしていたら、先生から「しばらく病棟を離れてください」と言われ、外で待機になりました。状況がわからないまま、ただただ心配で不安でした。

しばらくしてなんとか状態は落ち着いたものの、泣いてしまうと心臓に負担がかかって心不全を起こしてしまう…そんな現実を目の当たりにして、とてもショックでした。

当初、手術は体重が3kg以上になってからという予定でしたが、心不全を起こしてしまったこともあり、なるべく早く手術をした方がいいかもしれないという方針に変わりました。

手術の日程は未定でしたが、それまでに何かあったら…と思うと居ても立っても居られなくて。できるだけのことをしようと、夜間も病院に付き添わせてもらうようにしました。


手術に向けて、先生からの説明を受けました。手術の内容、リスク、術後のこと。いろいろな説明を受けながら同意書に記入しました。

こんな内容の手術を、この小さな子が受けるなんて…。

説明を聞きながら、いたたまれない気持ちになりました。なんで我が子がこんな思いをしなければならないんだろう。申し訳ない気持ちでいっぱいでした。

手術当日、手術室に向かう我が子を見送ってからは夫と待機場で静かに待ちました。できるだけポジティブなことを考えながら、ただただ無事を祈って…。


術後はICUに移りました。小さな体にたくさんの点滴や管が10本ほどついていて、まだ麻酔が効いて眠った状態でした。

ICUに居る間は抱っこすることができません。手を握ったり、撫でたり、声をかけることしかできませんでした。

その日は短時間の面会を終えて帰宅しました。麻酔から無事に目覚めてくれるかな。容体が急変したりしないかな。家に帰っても落ち着かなかったです。

それからはICUに面会に通いました。姿を見るたびに泣きそうになるのですが、必死に堪えながら面会していました。いつ頃病棟に戻ってこられるかな。日に日に管の本数が減っていくのを確認しながら、毎日そんなことを考えていました。


そしてある日、面会に行くと病棟に戻ってきていました。

病棟に戻ってからの初めてのミルク。看護師さんが最初に50ml飲ませてくれて、それでも足りなかったようでおかわりでもう50ml。

「今までは、しんどかったから飲みたくても飲めなかったんやな。いくらでも飲みや〜」

看護師さんのその言葉に、胸がいっぱいになりました。

それまでは20〜30mlを飲み切ることもほとんどできず、鼻にチューブを入れて流し込む経鼻哺乳でした。それがごくごくと、すごいスピードで飲んでいる。

我が子の生きたいという力がとても感じられた瞬間でした。病気がわかって悲しかったけど、それよりも生きていてくれて本当によかった。助けてもらえてよかった。心からそう思いました。


あの頃のいろんな感情があって、今の私があるんだと思っています。

ネガティブに飲み込まれすぎなくて、本当によかった。

まだまだ続きがありますので、次回もお付き合いいただけると嬉しいです。


どうですか?😊

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